2000年01月04日

ふたりめの妊娠と出産

*さかなのひとりごとに置いていたデータをコピーしたものです*

平成7年夏、二人目の妊娠に気付き、前回同様地元のG社会保険病院病院での出産を選びました。上の子を連れての通院は大変でしたが、この時も経過は順調。2回目ということもあって分娩時間は2時間。お産を終えて病室に戻った頃には「よ~し、もうひとり生むぞ!」と決意していました。(笑)生まれた子は偶然にもひとり目と全く同じ体重!(1gも違いませんでした)元気そうで可愛い(?)赤ちゃんでした。母子同室の病院だったので、経過さえ良ければすぐに同室になります。初産だと2日後くらいなのですが、私は2回目でしたので翌日から同室になるということでした。早く赤ちゃんを抱いてお乳をあげたい・・・早く明日になるといいのに・・・。

赤ちゃんが私のところに戻る前に異変は起こりました。小児科のDr.がそっと私のベッドに来て、「赤ちゃんの黄疸がひどいから今日は来れない。ちょっと治療しましょう。」と言いました。上の子も光線治療を受けているし、すぐに戻ってくるだろうとその時は楽観していたのです。けれど何日たっても赤ちゃんは治療中のまま。私に出来ることは母乳を絞って冷蔵庫に置くことくらい。「理由は分からない。」「明日には戻れるかも。」何回もそんな言葉を聞きました。Dr.も消去法で原因を探していたのでしょう。ある時臨床検査技師の方が私のところにみえました。「今まで輸血したことありませんか?」あるある!今まで何回も手術していますからね。この時点で不適合らしいという診断はされていたようです。(輸血が原因ではなかったようですが)

結局赤ちゃんの治療は私の退院後も続けられ、毎日8回分の母乳を搾乳&冷凍し病院に通いました。ある日Dr.から呼ばれ、「多分不適合だと思う。3人目を望んでいるのなら夫婦共に血液検査を受けて欲しい。」と言われました。幸いなことに、その頃赤ちゃんは無事退院。(検診をさぼらないよう釘を刺されましたが)翌週血液検査を兼ねて夫婦で診察を受けましたが、それはものものしい雰囲気・・・。一体何を宣告されるのか・・・ドキドキ。血液検査は外注なので結果は2週間後に出るが、不適合らしいということ。3人目を生むならここではみられないので40キロ離れたN日赤病院を紹介するとのことでした。「3人目は諦めた方がいいということですか?」と聞くと肯定されました。(Dr.に強制権はありません。あくまでもプロの意見としてお聞きしました。)

2週間後の血液検査の結果、Rh-Eによる不適合と診断されました。主人がccDEE、私がCCDee、赤ちゃんがCcDEe(だったと思う)。多分次回妊娠時も同じ事態が予想されるということでした。希望していた3人目・・・諦めるしかありません。二人の子がいて40キロの通院は不可能です。経済的にもかなり辛いことは予想出来ます。それよりも赤ちゃんが後遺症なく元気に育つよう努力しなければ・・・。

posted by おさかな at 00:00| Comment(0) | 血液型不適合妊娠 | 更新情報をチェックする
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